うんこぶろぐ。鬱病患者うんこが綴る鬱病を治すブログです。

-----うんこぶろぐ。は利用上の用法用量を守って正しく遊んでください。-----
うんこぶろぐ。を携帯でも! http://unco.blog26.fc2.com/?m 酔狂な方はコピペしてケータイにメールだ!
うんこを登録 by BlogPeople
■うんこセレクトショップはhttp://www.g-tools.net/10/16730/
■うんこぶろぐ。をRSSリーダーで!バナーからダウンロードできるよ!■
RSSリーダー Headline-Tickerのセットアップ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 
さて前回述べた『商品としてのココロ』について少し触れておこう。

もともとこの考え方は、
ココロの専門家はいらない

「心の専門家」はいらない 小沢 牧子 (著)
洋泉社 ; ISBN: 4896916158 ; (2002/03)
に拠る。

小沢の指摘はおおよそ以下のようなものである。
・心理学は人間管理の学問である。
・治療を施す側と受ける側は『権威関係』である。
・逸脱を問題とし、管理機構に戻すことが今日の『治療』である。
・資本主義社会にあって、心は『もはや』商品である。
・心を商品化、記号化することにより、人間の紐帯が希薄になる。(そもそも心の問題は人間関係の中で醸成され、解決されるものである。)
 
そしてその解決法として、
・人間の紐帯を深める
と提案しているのだが、時代の趨勢の前にあってそれは無力であろう。ここでやや自己矛盾しているあたり残念である。

さて商品としての 心 については、主に『心のケア』と言う言葉に代表されている。

心を記号化して、そのもののみを『ああするこうする』と言った漠然とした認識が支配的な言葉であるが、事実消費者の中に内省された心、すなわち暗黙のうちに実体のない抽象物として一般化されている心は、その認識保有者にとって、
『実際なんだか分からないけども、分かっている』と言った自己矛盾をはらんだ存在なのである。

『実際なんだか分からないけども、分かっている』モノを病む、という認識が、精神病をより、不可解なものにしているのである。

05年10月現在、『スピリチュアル』なる記号が登場し、衆愚の間でにわかブームになっているようだ(全く関心がないので読んですらないが)。
これは前世、霊等に自己の不適応を転嫁して論じる一種のオカルトであろうが、不可解な心はそれをも実体化させ、消費させるのである。

病巣は深い。


★1日1クリックのご協力を!★
スポンサーサイト




    
SKIN:Babyish-
banner
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。