うんこぶろぐ。鬱病患者うんこが綴る鬱病を治すブログです。

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『こころがゆがんでこころが悪い』を検討する前に、
『こころ』とは何か、定義しないいけない。

先に言い切ってしまうと、ウンコの今現在の認識では、
『対象物との関係性に対して、主体に内在化された価値体系と生物学的(遺伝的、先天的)プログラムのフィルターを通じて発生する喜怒哀楽の感情』である。

よく分からんので分解する事にする。
■対象物との関係性に対して
・・・あんたの五感(六感)が拾ったヒトモノ現象に対して。
■主体に内在化された価値体系と生物学的(遺伝的、先天的)プログラムのフィルター
・・・あんたの性格、これまでに身に付けてきた認識の枠組み

荒っぽく言うと、
『あんたの五感が拾った何かに対してあんたの性格や認識の枠組みによって(自動的に)生じた感情』が『こころ』であると言う事になる。

心がゆがむと言う事は、どこがゆがんでいるかと言うと、
・あんたが拾った五感がゆがんでいる可能性
・あんたの性格や認識の枠組みがゆがんでいる可能性

の二つしか考えられない。

このうち五感がゆがんでいると言うのは器質的な問題なので、
残るは、
『あんたの性格や認識の枠組みがゆがんでいる可能性』
である。

よって置き換えれば、
『あんたの性格や認識の枠組みがゆがんで、あんたの性格や認識の枠組みが悪い』と言う事になる。

これって凄くデフレスパイラルではないか。
大変ではないか。
どうしたらよかろうか、
これを次回以降考察していこう。

■認知
心理学、言語学、脳科学、認知科学、情報科学などにおいて認知とは、人間などが外界にある対象を知覚した上で、それが何であるかを判断したり解釈したりする過程のことである。認知は統覚と連合の二段階にわかれた処理である。統覚は、風景などの知覚から形を取り出す働きである。その形が何であるのかを判断する働きが連合だ。認知の障害が失認であり、見えたり聞こえたりすることはできてもそれが何であるか理解できない(連合の障害と統覚の障害とでは症状には差異がある)。代表的なものとしては見たものが認知できない視覚失認のほか、相貌失認、手指失認など様々な症状があり得る。

■認識
認識(にんしき)は心理学的な過程のひとつで、外界から得た情報が意味づけされた上で意識に上ること。
この知覚に対して意味づけを行う過程には知性的能力(理性・悟性)や知識が介在し、同じ対象に対しても個人ごとに同じ認識をしているとは限らない。 認識の形式や仕方、認識される対象を主に哲学・心理学視点から研究する分野が認識論である。
ここで、知覚していることは必ずしも認識していることを意味しない。 いわゆる、「見ている」と「見えている」の違いである。
また、認識はそれだけではブラックボックスで、行動・発話などの出力行為によってのみ客観的に確認できるものである。

出典 ウィキペディア


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